原発事故以来、マスメディアやネットで放射線と放射性物質、放射性物質の量であるベクレル(Bq)、cpm、放射線量(吸収線量)のグレイ(Gy)、被ばく線量のシーベルト(Sv)と、専門用語が飛び交っています。素人である一般市民の中にもこの騒動で詳しくなられた方も多数おられるかと思いますが、簡単にご説明します。
放射線を出す物質を「放射性物質」といいます。放射線を放出する能力を「放射能」といいます。放射性物質は放射能を持っているといえます。原発事故等で「放射能漏れ」とよく言われますが、それは間違いで、「放射性物質漏れ」が正しいのです。
放射性物質は、その物質が別の物質に変わる(崩壊する)ときに放射線が放出されますが、1秒間に何個の物質が崩壊したかが、ベクレル(Bq)です。100Bqの放射性物質は1秒間に100回の崩壊があるということです。一回の崩壊にはたいがいは1本の放射線が放出されます(必ずしもそうとは限らないですが)ので、100Bqの物質からは1秒間に100本の放射線が出ていることになります。この場合の放射線にはγ(ガンマ)線、β(ベーター)線、α(アルファ)線、中性子線があります。どの放射線がでるのかは、崩壊する物質により決まります。
その放射線の数を計測するのが、放射線計測器ですが、有名なのにガイガーカウンター(GM計数管)があります。これは100%の検出効率で計測できるわけではなく、1秒当たり100本の放射性物質を受けても40カウント毎秒というような値になります。つまり1秒間に40カウント計測したということですが、これが1秒間の値としてcps(カウント パー セコンド)、1分間の値がcpm(カウント パー ミニッツ)です。検出率は放射線の種類やそのエネルギーにより変動しますので、正確な値はわからないのがガイガーカウンターの欠点です。ですので、手元の放射性物質をガイガーカウンターで計測しても、正確な放射線量はわかりません。また、測定できる放射線の種類によって放射線計測器もいくつか種類が存在し、一般的に売られているガイガーカウンターは主にβ線と、感度が低いですがγ線を計測できます。
国民生活センターの調査で10万円未満の放射線測定器9種類について「測定値が正確でない」とのテスト結果を公表した、との報道が2011年9月にされました。我々診療放射線技師はRI検査で放射性物質を取り扱いますが、ここではきちんと精度管理された計測器で厳密に測定しています。10万円以下や、ましてや1万円以下で市販されている計測器では信頼性はないに等しいといえます。なので、市販されている計測器で食品や空間を測り、基準を超えているかどうかはわかりません。しかし、異常に高い線量にはそれなりに反応してくれるはずなので、他より高線量な値がでれば、何がしらの原因があるのであろうと推測することはできるかもしれません。実際に一般市民の通報で福島原発由来の高線量汚染箇所や、過去に違法破棄された夜光塗料のRa(ラジウム)も発見されています。
放射線は空中や物質中を通過するときに原子にエネルギーを与えながら進んで行きます。そして、与えるエネルギーがなくなると消滅します。1Kgの物質に1J(ジュール)のエネルギーが吸収された(与えられた)ときを1Gy(グレイ)の吸収線量と定義されています。これはどの種類の放射線で与えられたかは問いません。Jとは、簡単に言えば、4.2J で1mlの水の温度を1度上げることができる熱量です。
同じ吸収線量であっても、人間の身体のどこに放射線が当たったかによって影響は異なります。爪だけに当たっても、いずれ抜け落ちますので、影響はないと言えます。逆に骨髄にある造血細胞、小腸内壁、眼の水晶体等は放射線に対して影響を受けやすい臓器ですので影響は大きくなります。また同じ吸収線量であっても、放射線の種類によっても身体に与える影響は変化します。それを加味して数値化したのが、線量当量Sv(シーベルト)です。原発事故以来、政府が公表している各地の放射線量は、このSvが使われています。計測ポイントの空間にどれくらいの放射線があり、その中に人間が1時間いた場合、どれくらいの影響があるのかを線量率(μSv/h)で表現しています。μ(マイクロ)は100万分の1です。m(ミリ)が千分の1でそのさらに千分の1がμです。1mm(ミリメートル)が1m(メートル)の千分の1と言えば分りやすいと思います。福島第一原発事故以来、政府や自治体がホームページにて各地の線量率を公開しています。
Svを計測しているのは主にシンチレーションカウンターという計測器を用います。先ほど説明したガイガーカウンターでは計測できませんが、空中をガイガーカウンターで計測し、空間線量率に変換する式を用いれば、簡易的に空間線量率(μSv/h)がわかります。
空間の放射線量をSvで表しているのに対し、食物の放射線量はベクレル(Bq、1秒間の崩壊数)です。この違いをご説明させていただきます。
空間に均等に放射性物質が漂っているとすると、その空間にいる人間は全周囲から均等に放射線を受けることになります。測定している放射性物質が明らかならば(今回の原発事故由来とすると、ほとんどが放射性セシウムになります)、どの種類の放射線なのかわかりますので(放射性セシウムはβ線)、人体への影響も想定できます。Svの定義である、「どの種類の放射線が人体のどの部位に、どのくらいの量が当たったか」がわかりますので、Svで表現できるのです。
食物を計測しても、その食物の調理過程で放射性物質がどのくらい落ちるのか想定できません。また、その食物を食べても、その食事内容によっては、付着している放射性物質がどの程度体内に吸収されるのかも想定できません(例えばセシウムはカリウムに似た動きをしますので、カリウムの多い食品といっしょに摂取すると、セシウムの取り込み量は減少します)ので、調理前に付着している放射性物質で摂取後の身体への影響へは換算できないのです。
以上の理由から食物に関して、放射線量はBqで表現しています。BqからSvへの換算計算式がありますが、これも空間の線量率(μSv/h)への変換であって、食べた場合の人体への影響はわかりません。さきほどにも紹介した放射線測定器も空間を計測するもの(なので単位はμSv/h)であり、食品や物は計測できません。ただ、この食品が他の食品に比べて放射線量がどの程度あるのか、等の比較はできます。このとき注意しなければいけないのは、計測する物と測定器の距離が離れれば離れるほど計測値は少なくなりますので、密着した状態で計測しなければいけません。また、これは物と物の比較ですので、物と空間の比較はできません。
福島第一原発事故で飛散された放射性物質(現在では主にセシウム137)ですが、我々の生活にどう、影響するのでしょうか。
福島第一原発近郊ならば日常生活の中に原発由来の放射性物質が飛散していますので、その身の回りの放射線が人体に影響を与えます。これに関しては政府が警戒区域、帰還困難区域、居住制限区域、計画的避難区域として区分しています。
それ以外の地域の住民としては食品に付いている放射性物質が問題になります。これに関しても政府が平成24年4月1日より新基準として放射性セシウムに関して、一般食品が100Bq、乳幼児食品が50Bq、牛乳が50Bq、水が10Bqとなる予定です。この基準値以下の食品に関しては心配する必要はないと言えます。
食品以外の物質についてですが、これがなかなか難しく、住居などの建材に使われるコンクリートと瓦礫として震災地域から搬入される物とでは人体に与える影響も違うでしょうから、別に考えなければいけません。でも、体重60Kgの人体には約4,000Bqの放射性物質が存在しているわけですから、1Kg当たり67Bqです。そう考えると瓦礫の受け入れ基準である「100Bq/Kg以下」の物質は人体とたいして変わらないレベルになります。これが建材として住居に使われても気にするレベルの放射線量ではないと言えます。
人体からも1秒当たり約4,000本の放射線が出ているわけですから、私たちの暮らしから放射線は切っても切れない関係にあります。どれが危険で、どこからが気にしなくていいレベルなのか見極める知識が必要です。幸いなことに現代はメディアやインターネット等で情報が簡単に手に入る時代ですので、勉強はやりやすいです。しかし、情報が溢れすぎているのも事実です。偏った意見に惑わされず、広い視野で判断し、放射線とうまく付き合うようにしなければいけません。
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